ペット

もしも神様が私をもう少し生かして下さるのなら、何もせずに家族と一緒にいたい。
そんな書き出しで小説を綴っていたのは、消したい思い出・・。

津次を少しだけ晒そうか。

暇つぶしだなんて言って何かをしていたけれどそれがどんなに傲慢な言葉だったか今は分かる。
つぶすべき暇なんてなかった、ただ貴重な生の時間があるだけだった。
夜の帳がおりてくると私の体はもうすぐ闇の中に溶けていくだろうけど、もう少し、少しでも長くこの世で家族とともにいさせてください。

もしも神様が私に元気な体をもどして下さるのなら、娘の少しくせのある髪の毛を梳いて、早春の光を浴びてつやつやと輝くさまを見たい。
息子のあどけない寝顔を見ながらとれかけたズボンのボタンをつけておきたい。
今日子供がこんなことをしたわと夫に話してほほえみを交わしたい。

かなり恥ずかしいですね。
当時は、ダウナー系小説がカッコいいと思っていたわけですが、今、冷静に振り返ってみても駄作です。
今ではペットのインコのカゴの底に、カーペットと称して敷いております。

ペットを飼い始めたのは、特に動機は無くて、インコが何か楽しい言葉を覚えてくれたらという程度でした。
が、言葉を覚えなくても、見ているだけで落ち着くんですね。
仕草にいつも癒されています。

旦那も最近、とある事で原因で落ち込んでいたのですが、早期の治療とインコのお蔭で元気が回復してきたように思います。

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