インテリア

インテリアを楽しむためには、空間設計能力が必要ではないかと思います。
よくあるパターンは、インテリア・コーディネーターなどと呼ばれたいがための勉強で、ほぼ、途中で挫折しますね。

建築知識が必要な事を知らない人もいるのですから、仕方がないと言えば仕方が無いのかもしれません。

大学で建築学を専攻した学生が受験するのは、専ら建築士試験ですね。
実社会でも建築は花形職業であり、建築士がいなければ世の中の建物は完成しないと言っても良いでしょう。

もちろん現場の作業に携わる人々を抜きにしては語れないわけですが、建築士の采配によって、全てが決まるのです。
それだけ責任の思い仕事でもありますし、多くの人を束ねる組織リーダーとしての自覚も求められます。
更に、現場の安全とスケジュールの調整など、全てを仕切れるようになって初めて、建築士として確立されるのです。

インテリア・コーディネーターは、内装を担当する人のように捉えられていますが、今では、リフォームの実行支援能力がなければ需要はありません。
設計図を携えて現場で陣頭指揮を取れるか、必要な部材の選定や動線設計など、人が過ごす空間に何を与えられるかが勝負ですね。

作品を作るのではなく、あくまでも現実の空間を活かす職業ですから、自分の演出を最優先するのならば、芸術家として活動するしかありません。
それでも、人に使われてナンボです。

空間デザイナーとして、多く人にアクセスしてもらうことを最優先したいものです。

インテリアについて

この世に興味のないことってものは、誰しも沢山あるだろう。
いや、興味のあるほんの一部の物事以外のすべての事柄は、全部興味のないものである。

そんな、「興味のないもの」に関して考えてみる日があってもいい。
何故興味がないのか、そのことをつきつめて考えてみると、自分がどういう人間なのか、自分にとって大切なものはなにか、がかえって鮮明に見えてくるということもある。
私には結構興味のない事柄が多い。
たまに人から、暗いね、とかもっといろんなことに挑戦してみればとか言われるが余計なお世話である。
私は私の興味のある、ごく狭い世界の中でもちゃんと面白おかしく生きているのである。
ともあれ、私の数多くある興味のないことの一つには、インテリアというものがある。
言わずもがな、部屋の内装類のものである。
インテリアデザイナーが考えた部屋とか、モデルルームなんかを見ると、きれいな部屋だ、と思う。
でも別に住みたくはない。
私にはちょっと整頓されすぎているもしくは、余計なものが多すぎる。
例えばテレビを観るのに、ソファに座って優雅に観れなくてもいい。
寝転がってみようと、地べたにあぐらをかいて観ようとテレビはテレビだ。
だったら座布団一枚好きなところにひいて、それで済ませたいと思う。
ベッドも要らないし、照明は明るければいいと思っている。
食卓テーブルは、食事を美味しく食べられる状態であればかまわない。
収納スペースは、その中に物を入れてしまえば表は綺麗だが、そこに物が入っているという事実がストレスになる。
だから結局は物自体を極力持たない、ということに落ち着くのである。
結局、何も所有しないということに憧れがあるのである。
でも、どうしたって生きている以上そうもいかず、日々必要なものが増えていく部屋の中でフラストレーションを貯めつつ毎日を過ごしているのである。
この部屋に帰ってくるにつけ、自分がインテリアや部屋の内装に興味があったらどんなに良かったろう、と思ってしまう。
もし興味があったなら、もっとすっきりとした部屋で過ごせたろうに。

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