食とチェッキング

食品加工会社を経営して、随分と時が経つのだが、年々厳しい立場に立たされていることをヒシヒシと感じる。

どうにか業界に風穴をあけるような事は出来ないものであろうか。

話は変わるが、卸先のスーパーの責任者との立ち話のことを書こうと思う。

1960年代の中頃から本格的にチェッキングの自動化に取り組み始め、1967年、大手スーパーマーケットのクロガーは、シンシナティに電子スキャナを持ったチェッキングシステムを初めて導入した。

そこで、商品に読み取りに初めてバーコードが使用された。
この発展途上の自動チェッキングシステムは、いくつかの課題を持っていた。
それは、食品業界全体が、すべての商品に統一的な認識番号を付けることに賛成しなければならないことであった。

また、電子スキャナは、どんな方向からでも読めなければならず、認識番号は、様々な形状のパッケージや伝票に印刷できなければならなった。

当たり前のようにあるバーコードの開発や運営における苦労話だ。
どこから仕入れてきたのかは皆目見当も付かないが、ハードルが高いほど達成感の充実さと業界への貢献度や影響は大きいという事だった。

確かにそう思うが、世の中の人は変化を嫌う。
特に既得権益にヌクヌクとしている人からすると、余計なお世話でしかないだろうが、このような人らが足枷となって業界が発展しないケースもある。

つまりは人間、自分さえ良ければ、それで良しと心のどこかでは思っているという証左である。

チェッキング方法の自動化

メタルの厚さは、メタルに電流を流し抵抗を図ることで計算した。
このシステムもメタルタグを商品に付けるコストが高過ぎて受け入れられなかった。

その後、エレクトロニクスの進歩により新たなチェッキング方法の自動化を検討することになった。

1955年、米国商工会議所の定例会の中で、将来の食品店は、キャッシュレジスタと電子スキャナとが結びついた自動チェッキングカウンタになるだろうという報告が行われた。

これが現在のPOSシステムの原形といわれている。
このようなプレゼンと言うか、工場見学や研修などの資料の内容が、今でもスラスラと出てきてしまう。
どれだけ身体に染みついているのだろうか。

ありがたい能力と言えば、そうなるのだが、世の中はスペシャリストではなくゼネラリストが望まれている。
現に伝統工芸や職人の世界では、技術の伝承の問題に直面している。
跡継ぎがいないのだ。

理由は簡単で、食っていけないからである。
江戸時代ならともかく、このIT社会の真っ只中で、チマチマとはやってられないのである。

大事な事は、技術の伝承にこだわるのではなく、今の時代にどうマッチングさせて新しい市場を生み出すかということである。
まあ、日本人が一番不得手なことなのだが。

海外なら伝統工芸を支えた技術は重宝されるかもしれない。

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