思ったことを書くと不自然なものになる

教会の鐘は錆びてしまって、音が鳴らなかったけれどもあなたの心は鳴り響いてる。

そんな書き出しだったと思う、若き日の私の小説の始まり。
黒い歴史の部分のひとつです。


キーンコーンカーンコーン、もう自由に生きていいんだ。
つむじ風は吹かないけれど自分の歩く速度で風が起き細い道に小さな埃が渦巻く。

キーンコーンカーンコーン雲の間から強い光がのぞく。
何人もの男が水平線に立つあなたを待つ未来の男たち。

キーンコーンカーンコーン何人もの女が水平線に立つあなたを待つ未来の友だち。
人々が花のように咲き乱れ道は白い光に満ちて眩しい。

あなたは気づく魔法使いはおばあさんではなく自分だ。
自分が未来を作っていたとあなたは魔法の杖を振って自分の行く道を濃く照らす。

何なのだこの意味不明な小説は。
小説が失礼に思えるほどに痛い作品である。
なぜ、こんなことを書いたのかは、未だにわからないのだが、よくある中二病というものか。

文才の無さを露呈していて、非常に恥ずかしい限りだが、こうして客観的に物事を見ることのできる大人に成長してよかったと思う。
空想をさも大作と勘違いして、ライトノベルなんぞのブームに乗せられた人も多いだろう。

売れる人はほんの一握り。
しかもその一握りは、決して、空想だけを作品の題材にはしていないのは確かだ。

小説家になりたかった

私の将来の夢は小説家だった。
中学1年生の頃、当時特に親しかった2人の友人たちは、私以上に多くの本を読んでいた。
彼女たちの考えや会話は当時の私にとってはとても大人びているように思えた。

そんな彼女たちは小説を書いていた。
その上、自身でサイトを立ち上げ、そこに自分で書いた小説を載せていた。

私は最初こそ彼女たちの小説を読ませてもらうだけだったが、そのうち2人に影響を受けて自分でも小説を書くようになった。
今読み返せば、とても稚拙な文章だった。
それでも、当時は書くことがとても楽しく、自宅に帰るとさっさと宿題を済ませ、あとは本を読むか小説を書いていた。
夏休みの国語の宿題で短歌なり詩なり何かしらの作品を提出しなければいけなかった時も、私たち3人は小説を書いて提出した。

その頃から、私の夢は小説家になりたいと思うようになった。
しかし、何度か応募もしてみたが、1次審査すら通ることもなく、私の小説家になりたいという夢は高校を卒業する頃には消えてなくなっていた。
いや、なれればいいなあとはずっと思っていたが、精力的に小説を書いて応募するというようなことはしなくなっていた。

結婚して子どもを産んだ今、私はただ家事と育児とパートに明け暮れる毎日で、少し空しくなることがあった。
そして私は昔を思い出し、また小説を書き始めてみた。

昔のようにコンクールに応募するようなことはないが、携帯の小説投稿サイトで連載をしている。
読者が増えると、ますますやる気が出てくる。
昔の夢はとっくに失ってしまったけれど、今はこうして小説を細々書いているのが楽しいのである。

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